酒の力
同じチームにぼくと性格の合わない同期がいる。
彼はやたらと負けん気が強くて、本来それはいいことなのだが、
負けたくないターゲットがぼくに向いているのが厄介。
何かにつけて張り合って来たり、嫌味を言って来たりする。
ぼくの仕事に支障をきたすことはないが、チームには迷惑をかけることもある。
そのためチームの先輩たちに彼は嫌われてしまっている。問題児という扱いだ。
先輩と二人でいるときに「なんでお前らはそんなに仲が悪いんだ?(笑)」と茶化されることもあった。
もちろん先輩はぼくをからかって言っているだけで、同期の性格に問題があることは共通認識としてチームのみんなが持っている。
同期の彼は自己中なところはあるものの、本質的に悪い人間ではない。
ハングリーさが悪い方向に向かっているだけだと思う。
良い方向に向けば彼は能力を存分に発揮するはずだ。
その彼がなぜかぼくを飲みに誘ってきた。
会社帰りに2人きりで。
ぼくはビックリしたけど、断る理由もないし、誘いに乗った。
ちょっとお洒落な居酒屋で彼と二人。
なんで男と、しかも仲良くない奴とこんな店に・・・と思いつつも、逆にその違和感が楽しくなってきた。
仕事の話、学生時代の話。
喧嘩や言い合いになることもなく、いつも通りな感じで会話は進んだ。酒も進んだ。
飲みに誘われた時点でぼくは思っていた。
彼はきっと何が言いたいことがあるのだろうと。
言いたいことを言ってもらうには、聞き役に徹しようと。
何を言われてもイライラせず、反論せず、彼の価値観、考えを一通り全部聞いてみようと。
そういう心構えだったので、いつものように彼が嫌味を言うこともあったけど聞き流した。
ビールや酎ハイを3杯ほど飲んだところで、彼は言った。
母親が韓国人なんだと。
会社の人には誰にも言っていないらしい。
とても言いづらそうに言ったのが印象的だった。
ハーフの人の気持ちはぼくにはまったく分からないが、いろいろ気苦労することはあるんだろう。
過去に嫌な経験をしていれば、言い出しづらい人もいるかもしれない。
ぼくは彼がハーフだとは1ミリも思ってなかったので、ビックリした。
「お前ハーフなんだ。全然分かんないな。まあ韓国なら見た目も同じだもんな」
こんな感じのリアクションをした気がする。
あとは「やっぱ自家製キムチとか作るの?」とか聞いたり(彼の実家では作るらしい)、「小さい頃は韓国人の夫婦が近所に住んでて可愛がってもらった」みたいな昔話をした。
その後は普通に飲んで、割り勘で支払って帰った。
結局、彼が何を言いたかったのかは分からなかった。
いつもと違う話をしたのはハーフのことだけ。
でもそのことについて深い話をしたわけでもない。
翌日、彼は穏やかになった。
ぼくに対してだけだが。
彼がぼくに押し付けていた雑務を、積極的に手伝ってくれた。
「雑務だからすぐに終わると思っていたんだけど、時間取られるんだな。気づかなくてごめんな。」と謝罪をされた。
2人で飲んだだけだが、それで彼の中でぼくに対する気持ちが変わったようだった。
今までどう思ってて、今はどう思っているのかは分からない。
事実として彼との関係はよくなった。
これが酒の力か。