想定外
ぼくは5月から課を離れることになった。
約半年間続いたプロジェクトが終わり次のプロジェクトが始まるが、
今度のプロジェクトは比較的少人数で行けそうな感じなので、
ぼくは別のチームに助っ人として派遣されることになった。
他の会社で例えるなら、異動ではなく出向という感じ。
籍は今の課にある。
おそらく半年くらいはそっちで働くことになる。
課長からそのことをメールで伝えられ、すぐにチームのみんなに報告した。
その時、予想もしなかったことが起きた。
Mさんが泣いて、どこかへ行ってしまったのだ。
Mさんはこのブログに何度か登場している女性。
ずっと一緒に働いてきた一期上の先輩。
可愛くて、課のマドンナ的存在でもある。
ぼくはAV女優の吉沢明歩さんにすごく似てると思う。色気と可愛さが混同している感じ。
Mさんはしばらくしてから戻ってきた。
トイレで泣いていたらしい。
ぼくと離れるのが寂しくて泣いたと言っていた。
ぼくは戸惑った。
Mさんとは毎日のように会話をしているが、家族のような感じでいつも接していた。
Mさんはぼくに職場の他の人たちには言えないような本音をいつも話してくれるのだが、
ちょっとおばちゃんみたいな一面があったり、意外と人の好き嫌いがハッキリしていたり、自分の意志を強く持っていたり、
そういう人なので、ぼくが課を離れるだけで泣くような人だとは微塵も思っていなかった。
ぼくがいなくなることが寂しいとハッキリ言われて、ちょっとドキドキもした。
どういう意味なんだろう?
何も言えなかった。
Mさんが泣いたところを見たのはチームのみんなも初めてだったようで、みんなびっくりしていた。
その日、課長の布施さんたちと飲みに行った。
布施さんは普段別の場所で働いているのでMさんが泣いた件は全く知らないはずなのに、「女を泣かせてるらしいじゃない?」とからかってきた。
この手の話は伝搬するのが早い。
実感した。
翌日、Mさんのぼくに対する態度が少し柔らかくなった。
いつもは先輩風を吹かせているところもあったのに、ちょっとしおらしいというか、気を使ってくれるというか。
ぼくは今までずっと家族のような気持ちでMさんを見ていたが、この日はなんか可愛く見えた。
初めてMさんに女を感じてしまった。
そして先週金曜日。
ぼくは会社帰りにチームの人たちと飲みに行った。
Mさんと、Tさんという先輩、ぼくの3人で。
飲み会は普通に楽しく終わり、1次会だけでお開き。
Tさんは路線が違うので駅でバイバイ、Mさんとぼくは同じ路線だったので一緒に電車に乗った。
思えば、Mさんと2人きりになるのはこれが初めてだった。
これまではMさんと一緒に仕事をしている時も食事をしている時も、常に誰か職場の人が一緒だった。
電車の席は一席しか空いていなかったので、Mさんが座り、ぼくはその前に立っていた。
なんとなく喋り辛い位置。
Mさんも居心地が悪そうな感じ。
ぼくは変に女を意識してしまったこともあって、緊張していた。こんな時どんな話をすればいいのか分からなかった。
なんか変な気分だった。
ぼくたちはずっと黙ったままだった。
電車がMさんの乗り換え駅に着く直前。
Mさんが口を開いた。
「一緒に降りない?」
え?意味が分からない。なんで?
「いいから、ちょっと」
断る理由もないし、Mさんは先輩だし、ぼくはなんだろう?と思いつつ一緒に電車を降りた。
Mさんはホームに降りると、人が少ない方へ歩いて行った。
乗り換えの階段から離れていく。
ぼくは訳が分からないままMさんについていった。
ホームの端っこまで歩いていき、周りに人がいなったのを確認するとMさんはぼくに告白した。
「ずっと好きだった」
「こんなこと言われて迷惑だよね、ごめんね」
そうか。そういうことか。
Mさんが泣いた後、ぼくは思い出していた。
考えてみればあの時、そういえばあの時も。
Mさんの気持ちがぼくに向いているような気がする瞬間はこれまでも何度かあった。
でもMさんには付き合っている彼氏がいることは聞いていた。
だからそんなはずがないと思っていた。
ぼくはMさんに聞いた。
「彼氏さんいるじゃないですか?」
するとMさんはまたぼくの想定外のことを言った。
「昨年別れたんだ。もうずっといないよ」
マジかよ。知らなかった。
いる前提でいつも話してたよ。
そういえば、Mさんは昨年のクリスマスを一人で過ごしたと言っていた。
彼氏さんと都合が合わなかったんだろうと思っていたけど、別れてたんだ…
こんなにサプライズ情報がいろいろ入ってくると童貞のぼくは混乱するしかない。
ぼくがあうあうしていたら、
Mさんは「ごめんね。気持ちを伝えたかっただけだから。ごめんね、じゃあね。」と言って早歩きで帰ってしまった。
ホームの端っこで立ち尽くすぼく。
15分くらいその場にいた。
自分の気持ちも整理しなきゃ。